私はパワースポットめぐりが大好きです。学生のころから『朱印帖』を持って奈良、京都を巡りました。そのクセが付いてしまい、家族旅行でも、スケジュールには必ず神社仏閣巡りを入れ込んでいました。
ところが、息子が小学校低学年の頃、自家用車での家族旅行の時、とある神社の駐車場へ入ると、息子は小さな声で、「僕、こういう所は苦手なんだけどなあ・・・。自動車の中で待っている。」と言うのです。その過去のハッとした思い出にもメゲズ、私は現在でも、楽しくパワースポットめぐりを続けています。
パワースポットならば何でもOKです。神社ではカシワデをしっかり打つ、お寺さんでは手を合わせ「南無阿弥陀仏」とブツブツ(仏々)つぶやく、教会では十字架を切って「アーメン」という。すなわち、私は多神教信者なのです。なんでもござれ、みんなまとめて拝んでしまうのです。ああ、よい、よい。
数年前、女房と奈良のお寺巡りをしました。新薬師寺、秋篠寺、浄瑠璃寺でした。奈良は、まだまだ、西の京、奈良市内のお寺のほか、長谷寺、室生寺、聖林寺、三輪大社、安倍文殊院などを参詣しています。
女房:「お父さん、今度のお寺さんだけど、拝観料はどれくらいですかねぇ。」
私:「いつもの相場じゃないかね。500円と思うよ。」
女房:「じゃぁ、朱印はやめようね。」
私:「毎日、朱印するわけでもないし、一度きりだからね。いいんじゃないの。」
女房:「何言ってんですか。このお寺さんの参詣は3回目でしょ。前回の時も朱印をいただいたわ。」
私:(よく覚えているなぁ。どうでも良いことばかり覚えているなぁ、と女房の変なところを感心しながら。)「えっ。そうかい?(ととぼけたふりをします)」
女房:「お賽銭は、今まで御縁が10回あるようにと50円でしたが、今回は5円にしましょうね。」
私:「・・・。」(固まってしまいました。)
(反省)
その1 お寺へ行く途中にこんな会話しかできないなんて、ゴリヤクもあったもんではありません。もっと「霊験あらたか」な場所へ行く姿勢が必要でした。その後も引き続き、ジャンボ宝くじの当選は300円のみです。
その2 お寺や、お宮さんでお参りする時は、お願い事をするのではなく、神様、仏様、キリスト様の前で選手宣誓のように、「自分は・・・をします。」と誓う(チカウ)のだそうです。「これが本当のお参りです。」と、どこかの和尚さんにお話ししていただいたことがあります。願懸けとはもってのほかだそうです。何だか、和尚さんは責任逃れをしているみたい。
その3 神社仏閣へのお賽銭や、朱印、おみくじ、拝観料、お札などは、維持管理費とも思えるのですが、ここは上品に「文化協力費」として支払うと思えばいいのです。わかりましたか、女房殿。えへん。
(神社仏閣へ1回訪問の「文化協力費」の例)
▼拝観料×2人+おみくじ×2人+朱印×1回+絵馬×1個=2,500円ナリです。
(500×2+100×2+300+1000=2500円ナリ)
▼場合によってはお札1,000円を追加で総合計3,500円です。
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♪♪♪絵馬の紹介♪♪♪
パワースポットのお決まりは、おみくじ、朱印、絵馬、土鈴がその代表的なものですが、今回は最も霊験あらたかな「絵馬」を紹介します。私が集めた絵馬の中でも、「なかなか・・・。」というものをご紹介します。もちろん全て境内のお守りなど売っている所で購入したものです。あしからず・・・。
<その1:左ききの人が使う鎌の絵馬>
写真―1 猿投神社の左鎌絵馬
愛知県豊田市北部、猿投グリーンロードと東海環状自動車道の交差するあたりが「猿投地区(さなげちく)」です。猿投山、猿投古窯群跡(瀬戸焼より古い窯跡)でよく知られた場所です。しかし何といっても「猿投神社」は別格です。特に絵馬がよろしい。鎌(カマ)をよく見ると、左利きの人しか使えないと思うような図柄です。一瞬、間違いではないかと思いましたが、拝殿には左利き用の鉄で作られた本物の鎌が何十本と奉納されていました。
私も左利きですし、「私の、私の彼は~(チョンチョン)左利きっきー。」という古い歌謡曲もありました。神様に一人や二人左利きがいてもいいのではないでしょうか、と微笑んでしまいました。一段と親しみがわいた猿投神社でした。
(インターネット「猿投神社」で検索)
古事記によると、まつられている神は大碓命であり、日本武尊(小碓命)の双子の兄にあたる。彼は美濃の二人の美しい少女を、景行天皇の遣いで召しだす時に、二人と結婚してしまい、別の女を仕立てて差し出したとある。史実はどうか不明だが、少なくとも記紀編者には、あまり好ましくない悪徳の皇子と解釈されていたようだ。当社には左鎌を奉納する信仰があるが、大碓命と日本武尊は双子であり、左利きであったためという。
<その2:マンガっぽい絵馬>
写真―2 高千穂神社のマンガっぽい絵馬
宮崎県の高千穂神社の「神楽絵馬」ちょっとマンガっぽいところが面白い。高千穂神社は九州、宮崎県の山奥にあります。天岩戸、国見ケ丘と伝説、神話の多いところです。秋の稲刈りが終わった11月中旬から翌年2月上旬にかけて高千穂のあちこちの集落で繰り広げられる「夜神楽(よかぐら)」が夜を徹して奉納されます。この絵馬は「夜神楽」の出演者をモチーフに作成された、開運招福の立体絵馬ということです。
私は女房と熊本県日田市の小鹿田焼(おんたやき)の窯元を見学してのち、ここまでやってきました。ああ、疲れた、しんどい。でも、長時間を要し、長い道のりを走破した甲斐がありました。緑は濃く、水は透きとおり、空気はおいしく高千穂という場所に来てよかったと思いました。その長時間、長い道のりですが、女房は助手席で四六時中居眠りをしていました。もう、まったく怒れちゃう。
<その3:かわいい夫婦?絵馬>
写真―3 砥鹿神社の夫婦(えびす)絵馬
愛知県豊川市に砥鹿神社(とがじんじゃ)があります。三河一宮でして、かなり位の高い神社です。私は公務員の現職の時、豊川の水のきれいさを調べる「水質調査」を毎月1回実施していました。豊川の源流から河口まで、公用車で一日かけて川の水を採水しながら走り回るのです。その時、休憩場所としてこの神社を利用していました。気になるものはこの立体絵馬である夫婦?絵馬、そして土鈴(どれい)でした。
ついつい最も小さいサイズの「夫婦?絵馬」を買ってしまいました。家に飾るとかわいくて、かわいくて頭にホコリが付くたびに、花王の「クイックル・ワイパー」という汚れをからめとって離さない化学ゾウキンで頭と顔を綺麗にぬぐい、テカテカにします(頭、光ってるでしょう)。
なぜ、夫婦?絵馬かなと思いましたところ、これは夫婦でなく「えびすさん」でした。境内には戎さんがまつられており、初えびす祭のころには、三百を超す奉納提灯が社殿を飾り、商売繁盛・家内安全を祈願する人々で終日賑わいをみせる、三河唯一の「えびす社」です。失礼しました。
<その4:本格的な絵馬>
写真―4 弥彦神社の本格的な馬の絵馬
新潟県弥彦村の弥彦神社(やひこじんじゃ)の絵馬です。本格的な絵馬です。昔、お金のない人が、馬を奉納する代わりに馬の絵を描いた板を奉納したのが始まりでしたと言われています。この絵馬は本当に馬が描かれています。弥彦神社の境内はかなり広く、正面入口にはお土産物屋も数軒、旅館もホテルも数軒並んでいました。神社には200台ほど入る大駐車場もあり、後方は弥彦山がそびえて、まさに神の住む、立派な神社です。
我が豚児が遠くの大学に在籍していた時、1年に1度の頻度で、女房と二人で学生生活、特に下宿のチェックに行きました。愛知県西尾市から遠くの大学までは、おおよそ700Kmでした。自家用車で女房と二人の旅です。その折、途中で寄り道した場所が、霊験アラタカな弥彦神社でした。「息子がしっかり勉強していますように。」と願懸けをして、いよいよ息子の下宿部屋へ入りますと、そこには大学の教科書は1冊もなく、マンガ本がズラーッと横3列に並んでいるばかりでした。(他力本願ではだめですねぇ。)
(インターネット「絵馬」で検索)
奈良時代の『続日本紀』には、神の乗り物としての馬、神馬(しんめ、じんめ)を奉納していたことが記されている。しかし、馬は高価でなかなか献納できず、また、献納された寺社の側でも馬の世話をするのが大変である。そのため、馬を奉納できない者は次第に木や紙、土で作った馬の像で代用するようになり、平安時代から板に描いた馬の絵で代えられるようになった。さらに、室町時代になると馬だけでなく様々な絵が描かれるようになった。
<その5:おたふくの美人絵馬>
写真―5 戸隠神社のおたふく絵馬
長野県長野市の戸隠神社は、高速道路で野尻湖近くの信濃インターから入りました。12月下旬でしたので、雪中行軍のようで、峠では雪の山、雪の積もった木々、雪の笹原、見るもの全てが「白」でした。怖かった・・・。目的は神社へのお参りもさることながら、戸隠そばを食べたいと思ったからです。いわゆる「田舎そば」でした。美味しくいただいた後、戸隠神社へ参拝です。私は、登山靴で行きました。(えへん。)
戸隠神社の絵馬はお多福さんで、馬ではありません。「馬面(ウマヅラ)」という意味かな?よく考えてもわかりませんでしたので、ついに戸隠神社の社務所に電話してしまいました。すると意外や意外、天鈿女命(あめのうづめのみこと)さんだそうです。
天照大神(あまてらすおおみかみ)が天岩屋(あめのいわや)へお隠れになった時、ドアを開けるアイデアを出した神さんが戸隠神社の神さんで、その前で愉快に踊った神様が天鈿女命です。それにあやかって、デザインされたのがこの絵馬ということでした。
また、天岩屋の入り口をふさいでいた天岩戸(ドア)を開けた時、思いっきり下界に放り投げたところ、日本の真ん中に落ち、戸隠山が出来たという伝説もあります。戸を隠したのかな?隠したなら名前を付けるとばれちゃうのではないでしょうか???・・・。(いずれにしても、たいへん、勉強になりました。)