大連へは大同大学の関係で訪問することになりました。東北財経大学、大連理工科大学の先生が、毎年、学生を連れて北九州市立大学の学生と交流を兼ねて「調査・研究報告会」に参加するのです。この交流には大同大学も参加します。私は毎年、この「調査・研究報告会」に学生に随行して参加するのです。その時、研究報告会でなく、懇親会の席で懇意になった東北財経大学の先生(女性)と話がまとまり、大連へ訪問することになったのです。懇意になった先生は日本人の先生、つまり日本の女性です。大学では日本語を教えるとともに環境に関する研究をしておられるようです。私は大連の東北財経大学での講演をお引受けすることとなりました。
北九州から帰り、しばらくして、大連の先生と訪問日程、講演の内容などをメールで打ち合わせをしていると、横にいた女房が・・・・・。
お母さん:「私も行きたいーっ。」
図―1 東北財経大学の正門前にて
お父さん;「えっ~!本当?」(一応、困ったなぁ~。という顔をして)「わかっているかねぇ。向こうでは中国語を話すんだぞーっ。大丈夫か?」(私も中国語を話せませんが、ちょっと脅かしの気持ちで言いました。)
お母さん:「謝謝(シェ、シェ)は言えるわよ。」
お父さん:「しょうがないなあ~。電話でお願いしてみるよ。」
お母さん;「はい。」(ややニコッとして、シッカリ ウナズク。)
数日後、丁度、運よく(?)、大連の先生から電話がありました。
大連の先生;「もしもし、坂部さんですか。大連の日程は、3泊4日でよろしいでしょうか。第1日目は大連に到着後、午後から大学で講演をお願いします。2日目は旅順への視察、第3日目は大連日本語研究会での講演と懇親会、第4日目は帰国です。」
お父さん;「はい、OKですよ、先生にお任せします。」
大連の先生;「私の教える、女子大生が大連の町をご案内したいというのですがよろしいでしょうか。」
お父さん;(やや、ニタニタ顔で・・・)「いいですよ、先生にお任せします。」
お父さん;(やや言いづらい気持ちで・・・)「「いやー、実は、こんなこと言ってよいのか、女房が、一緒に大連へ連れてって~、と言うんですよ。弱っているのですが、いかがでしょうか?」
大連の先生;「よろしいですよ。奥様も、専門分野の健康について、大学でお話しください。学生が喜びますよ。」
お父さん;(えっ~!いいのかな。先生が気を使っているのではないかなぁ~、と思いつつ)「本当ですか、無理を言って申し訳ありません。有難うございます。」
と言う訳で、一緒に行くことになりました。その日から女房はルンルン気分。講義の準備にてんやわんや。パワーポイントの作成は・・・・、もちろん私です。お手伝いと言うよりほとんど私が作成しました。
いよいよ、旅立ちの当日です。中国東方航空でセントレア(中部新国際空港)を飛び立ち、おおよそ2時間で大連国際空港です。大連国際空港では、JTBの係の人が待っていました。空港からホテルまでの案内を旅行者にお願いしましたので、安心です。JTBの自動車で20分、大連の街のほぼ中央に位置する『ラマダホテル』に到着しました。ここまでは順調、順調。ホテルもきれいで清潔。これも順調、順調。
予定どおり、東北財経大学の学生さんがロビーで待っていました。そして、タクシーで大学まで案内してもらい、すぐ講演に入ります。
もう一度、図―1の写真を見てください。この楽しそうな女房の顔、セントレアの免税店の袋を持って、東北財経大学の入り口正門前で記念撮影です。つまり、レアというのでしょうか、あまり皆さんが観光地として行かなく、しかも、日本の近代史に関係が深い大連に旅ができたことと、日本でいえば、一橋大学レベルの優秀な大学(大連理工科大学の先生がおっしゃっていました)である東北財経大学で講演ができるという、二重の喜びでウキウキしています。
講演では私が50分ほど、「日本人の自然とのかかわり」と言う、公害と言う切り口でなく、非常に気を使った自然を切り口としたテーマで講演をしました。そして、私の講演が終わると、いよいよ、女房先生が30分ほどの講演です。題名は「日本人の健康管理」です。特に、日本では成人病予防に関心があることを説明します。そして、成人病は若いころから気を付けましょうと学生たちに説明しています。
図―2 東北財経大学での女房先生の講演風景
そして、いよいよ、質問の時間です。この場合やはり女子学生の方が元気が良いのです。どこの国でも女性は強いのです。私の女房も例外なく・・・・。
女子学生A:「坂部先生にご質問します。日本人の女性が健康に関して気を使っている日常生活は何ですか?」
女房先生:「カクカク、シカジカ」
女子学生B:「日本では、共稼ぎは出来るのでしょうか。どのような状況ですか?」
女房先生:「カクカク、シカジカ」
男子学生C:「日本の企業に就職したいのですが、日本での生活で注意しなければならないことは何ですか?」
女房先生:「カクカク、シカジカ」
時間が経つにつれて、「順調」ではなくなり始めました。好調 快調 堅調どころか、雲行きが怪しいという状態です。大連に到着してほんの6時間ほどでこのありさまです。前途多難、これは参った、参った。
質問時間では、ほとんど、いや全てが女房への質問でした。そして質問時間が終わっても、みんな女房を取り囲み、意見交換。私は静かにパワーポイントの機械から電源を切ったり、使用した資料の片づけ、忘れ物がないかチェックなど一人淋しく、帰る支度をしています。(目に見えるようでしょう。)
そして、主だった学生と一緒に学生寮へ移動です。講義棟から出て、研究棟を横切り、教員宿舎を通り抜け、やっと学生宿舎です。本当に緑の多い、自然豊かな広々とした大学キャンパスです。さて、学生宿舎へ入り、食堂のような場所へ入りました(学生が自炊できるような構造になっている食堂です)。図―3を見てください。そこでは楽しい食事会の始まりです。学生は日本語専攻の学生達ですので、『日本語が聞きたい』、『日本語を話したい』、と言う学生ばかりです。ここでも、やっぱり、女子学生ばかりです。もちろん、話の中心は、女房先生でした。当然ですが、ここでも、私は初めて食べる本当の中国料理の何種類かを珍しく順に一人でムシャ、ムシャ、ムシャ。みんなの話に入ることのできるのは、時々訳も分からず相槌を打つ時だけでした。
図―3 東北財経大学の学生と学生寮で食事会。学生の出身地のユニークな食べ物がいっぱい。
翌日、積極性のある女子学生2人に大連の街を案内していただきました。旧満州国の表玄関であり、敗戦による日本への引揚者が悲惨な面持ちで通過した大連は、大和ホテル、大連駅など昔日本人が建てた大正時代の面影を残すきれいな落ち着いたビルと街並みがみられます。そして、西の方に発展した新市街地は高層マンションが林立し、その中央に「星海広場」と言う中国建国記念公園があります。その広さは大変なもので、横断するのに歩いて30分ほどあります。広場の南は海岸で船着き場の様になっており、ここから大洋へ漕ぎ出すというイメージがありました。その中央には図ー4にもありますように、様々な模様が刻まれた高さ15メートルほどの大きなポールが建っていました。
図―4 大連市内 星海広場にて
さて、図―5を見てください。女房と女子学生は、昨日より、さらに親密になっています。お父さんは、3人が歩く、約10メートル後方を一人淋しく付いて行くという構図になっていました。それでも、約半日をかけて新しい大連と歴史のある大連を案内していただきました。それはそれでよかった。しかし・・・・・・。
お父さんの独り言:「お母さんばっかり…。うーん・・・。連れて来るんじゃなかった。」
図―5 完全に意気投合した状態
反省1:女房のお願いはよく考えて、それからおもむろに返事をしましょう。いきなり、何とかしようと思ってはいけません。安易な答えはいけません。
反省2:『女性は、とにかく、地球上のすべての女性は、本来度胸があって、何事にも瞬時に順応する動物である。』、と言うことを再確認しました。
反省3:それにしても、『軒を貸して、母屋を取られる。』とはこのことだとつくづく思いました。東北財経大学でも、大連の街でも、淋しかったこと。泣きたくなるほど・・・。
それでは、皆様、ごきげんよう、さようなら。
妻をめとらば才たけて、みめ美しく情けある、とは全く関係ない男より。
大連での驚き
<その1>
大連では、お茶を飲むという習慣はありません。白湯(さゆ)が出てくるのです。大学でも、寄宿舎でも白湯です。大連の先生に聞きましたら、寒くてお茶は栽培できません。したがって、白湯を飲むのです、と言うお話でした。
<その2>
タクシーは相乗りOKです。女房と2人でタクシーに乗りましたが、途中で助手席に見知らぬ中国人が乗り込んできて、タクシー運転手さんと中国語で話しながら出発しました。その中国人は途中で降り、私たちは無事ホテルに着きましたが、心配で、心配で…。
翌日、大連の先生に聞きましたら、「いつまでも、空車を待つより、相乗りの方がタクシーに早く乗れるので、合理的です。」と言うお話でした。
<その3>
日本ではご飯が主食ですが、なんと、大連では餃子(ぎょうざ)が主食のようです。大皿に山盛りで5元(1元は15円ですから75円です)と言う値段です。5人前ほどの多さでした。びっくりでした。
<その4>
大学生は非常にハングリーです。ほとんどの学生が寮生活です。しかも6人部屋で、その中で喧嘩したり、議論したり、合意したりと、人間が出来上がっていくのだそうです。お正月には実家まで18時間も汽車に乗って帰るそうです。ある学生は30時間以上も汽車に乗り継いで行くと言うことでした。それも立ち席です。デッキと言うこともあるそうです。本当にハングリーです。私たちの講演も真剣なまなざしで聴いていました。言い忘れましたが、ちなみに、中国の大学は基本的には単科大学です。
★ まだまだたくさんありますが、本日はここまでとします。