第10話 トンチンカン先生、喜びのサイン・コサイン・タンジェンカーブ
―ベストティーチャー賞の受賞―
1 はじめに
私は毎年4月から7月までの前期に、大学で教鞭をとっています。その講義は文学部教育学科、工学部土木学科、工学部都市環境デザイン学科と受講する学生は多種多様です。講義時間は第1限の9時から始まるもの、お昼の1時から始まるもの(第3限)とあります。どこの大学の授業でも、9時からの授業では、欠席者及び遅刻者が多いのです。お昼からの授業では、血の巡りが頭から消化器官の方へシフトし、爆睡(ばくすい)する者が多いのです。でも、坂部先生は頑張って授業を行っています。
大同大学でのことです。私は環境政策論という、見るからに、聞くからに難しい授業を受け持っています。難しそうな授業ですので受講者数も10数人と少ないのですが、この様な授業に限って、ムラムラ・ムラと力(ちから)が入ります。ちなみに、逆に、100人レベルの授業の場合は講演をしているようで、双方向のコミュニケーションがないので、ともすると授業が上滑りしてしまうのです。
授業回数は4月の第2週から7月の最終の週までで15回です。そして、最後の授業では、学生による授業の評価をアンケートで受けるのです。アンケートは学生が記名するのでかなり信頼度の高いものです。そして、その内容は、①先生はこの授業に対して熱意を持ってやっていましたか(先生のやる気度)、②シラバス通りの授業でしたか(先生の計画性の有無)、③あなたは授業中いねむりをしましたか(つまり、先生の授業内容のつまらなさ度)、④先生の声の大きさや話し方はどうでしたか(先生の元気度)、⑤この事業は知的興味、関心を呼び起こしましたか(先生の知識の豊富さ度)、⑥板書、パワーポイントなどのプレゼンテーションはどうでしたか(先生の表現力度)、などで、それぞれの内容について5段階評価をするのです。この日ばかりは先生は冷や汗タラタラなのです。
2 嫌な予感
ある日、授業が終わって非常勤講師控室へ帰ると、教務職員の人と一瞬ですが目が合ってしまいました。私はちょっとお辞儀をして、すんなりすり抜けようとしたところ・・・・。

教務職員の人:「坂部先生、学科長が学科長室でお待ちです。すぐに行ってください。」
坂部先生:「はい、わかりました。」

「はい。」、と言ったものの、いつもの教務職員の人の言葉の抑揚が少し上ずっていることが鮮明にわかりました。『これは何かあるぞ。』と一瞬思い、頭の中で、思いがグルグル。何だろう、嫌な予感がするなぁ・・・。 思えば、非常勤講師は、愛知県を退職してから毎年、ズーッとやっており、思い起こせば、かれこれ5年もやっている。授業内容もワンパターンになりつつあるようだし、授業内容のリニューアル化もこのところ、ややサボり気味だし、いよいよ、年貢の納め時か、『男は引き際が大切だ。』などと思いを巡らせていると・・・・。

教務職員の人:「坂部先生、学科長室は3階です。」

もう、わかっているよと言いたげに、しぶしぶ、重い足で、ウツムキ加減、そして、いよいよ、学科長室のドアをノック、そしてドアを開けると、いきなり、例の学科長教授さんが私を見て・・・。
3 突然の受賞
学科長:「坂部先生、おめでとうございます。」

何言っているのだろう、この学科長教授先生。 私は今非常に落ち込んでいるのです。おめでとうなんてトンデモナイ。来年から授業ができない。若い学生から毎週、毎週『オーラ』をもらって、元気を出しているのに・・・・。来年からは『単なる、おじさん』になってしまう・・・。どうしよう、どうしよう・・・・。

学科長:「坂部先生に、ベストティーチャー賞を授与することになりました。本学のために本当にご尽力いただき有難うございます。」
坂部先生:「えっ、何でしょうか。」

それ、何? 私に? イグ・ノーベル賞※のような、イグ・ベスト・ティーチャー賞ではないだろうかと一瞬、疑い、そして、なんでぇ~、と思いました。そして生唾を、ごっくん。

学科長:「大同大学では、学科ごとに毎年度、素晴らしい講義を行っていただいた先生を1名、『ベストティ-チャー』として表彰する制度がありまして、本年度は坂部先生に決まりました。誠におめでとうございます。」
その後、徐々に現実に戻りつつ、恐れ多くもこのような賞をいただくなんて、申し訳ないという思いが募ってきたのです。
いずれにしても、賞をいただくことが理解できるまでの、おおよそ15分間は、私の気持ちは、ぐぐっと曇り、そして足取りも重く、目も焦点が合わないほど落ち込んでいました。それが、3階へ上り、ドアをノックした途端、なんだか知らないが、本当に賞を頂けるのかしらという過渡期的な心の動きを経て、うれしさに変わったのです。心が不安定なまま落ち込んでその後グ・グーッと晴れの心になりました。うれしさ2倍なのです。
その心の動きを時系列的にグラフで表すともっとよく理解できると思います。つまり、下の図ー1の様になります。縦軸にうれしさ(θ;シータ)、横軸に時間(t)を取ります。一般的にはうれしさが+1(θ=+1)としますと、通常状態からうれしくなるとその差が+1-0=+1ですが、今回のように一度落ち込んで-1となり、その後スーツと明るくなり+1のこころになると、その差が+1-(-1)=+1+1=2、答θ=2という事になるのです。つまり、うれしさ2倍なのです。そしてその心は、結局、この様な曲線、サイン・カーブになるのです。
嬉しさのサイン・カーブ
図―1 嬉しさのサイン・カーブ
学科長の説明では、このベストティーチャー賞の選考は、毎年度全ての授業をピックアップし、授業ごとに行う、学生による授業評価アンケートの結果を重点に、数人に絞り込みを行い、教授会で最終決定をするのだそうです。
※ イグノーベル賞とは
イグノーベル賞 (Ig Nobel Prize) とは、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して与えられる賞です。1991年に創設されました。 「イグノーベル(Ig Nobel [ignoubél])」とは、ノーベル賞の創設者ノーベル (Nobel [noubél] ) に、否定を表す接頭辞的にIgを加え、英語の形容詞 ignoble [ignóubl]「恥べき、不名誉な、不誠実な」にかけた造語ということです。
日本人の受賞者の例として①医学賞、資生堂横浜研究所、『足の悪臭の原因となる化学物質の解明』に対して。②心理学賞、慶應義塾大学、『ピカソとモネの絵画を見分けられるようにハトを訓練し、成功したこと』に対して。③医学賞、帝京大学、『心臓移植をしたマウスにオペラの「椿姫」を聴かせたところ、モーツァルトなどの音楽を聴かせたマウスよりも拒絶反応が抑えられ生存期間が延びたという研究』に対して。④生物学賞、北里大学『パンダのふんから取り出した菌を使って生ごみの大幅な減量に成功した功績』に対してなど多数あります。
4 受賞の秘密(私なりに考えたこと)
それにしてもなぜ私が・・・、と思いました。特に学生にゴマをすったわけでもありませんし、学生の成績に座布団を敷き、点数を良くしたわけでもないし、と思いつつ、私の授業内容と授業に対する学生の授業評価アンケート結果を見てびっくりしました。学生からの評価が比較的良いのです。
私の授業は、毎回、例のごとくパワーポイントを使用し、その映像は字数を少なくして、写真、グラフを多用しています。これは、私の前職である愛知県環境部から最新の環境情報を画像やグラフとしていただき、作成しています。そして、授業の最後の10分間を「今日の授業に関する小論文提出」として、毎回授業の中で『これだけは覚えてほしい項目』を小論文のテーマとして板書きに書き、次の授業(来週)までにこのレポート、つまり『小論文』を提出する宿題を出しています。
学生には、「小論文は、就職試験や採用試験に必ず出題されるものです。採用する側では、この小論文を読んで就職試験や採用試験の受験を認めるかどうかを決めるのです。つまり、どれほど知識や技能があっても入口の小論文でつまづいたらどうしようもないのです。すなわち、門前払いの道具としての小論文なのです。」
そして、「今日から15回の授業で、小論文の書き方を訓練しながら、環境のことを勉強していきます。小論文の原稿用紙は私の自家製のものです。コピーしたり、ダウンロードできません。自分の手で、受験していると思って書くのです。」と言いますと、学生はしっかり反応してくれるのです。
論文ですから『私の意見』がなければ良い点数はあげられません。並の意見でも低得点です。学生たちは奇抜なアイデアを持って論文を書くのです。(添削しながらじっくり読むと、本当に面白い意見があります。若いっていいなあと思います。)
この様に、環境に関する最新の情報を与え、小論文を書く力を養い自分の意見をしっかり言える訓練を行いました。この結果が『ベストティーチャー賞』なのかもしれません。
受賞記念品
図―2 涙の出た、受賞記念品(何故か、賞状は有りませんでした。)
5 記念品の中身の使い方
記念品は『全国百貨店共通商品券』です。頂いたときはかなり厚さがあり、これは、もしかすると・・・・、と思いました。が、しかし、その内容は常識の範囲内と思われる量でした。でも満足、満足、大変満足です。
早速、百貨店へ行き、品定めをしましたが、今のところ、特に買いたいものがあるわけでもないので、結局は、デパ地下で、孫のために、肉まん、餃子、シュウマイ、を買ってしまいました。その後はポテトサラダ、チーズ、コロッケなどデパ地下での使用が1年ほど続きました。今思えば、記念となる万年筆などを買うべきであったと後悔の念を強く感じましたが、後の祭り、常に孫には弱く、マゴマゴしてしまう坂部先生なのです。