♪♪♪♪秘密蔵書の紹介♪♪♪♪(第2回目)
前回お話ししました『第5話 トンチンカン先生の秘密蔵書』のお話は好評でした。特に宗教本の中の25年前の我が家の記念写真、『桃太郎神社への参拝』(犬が一番、りりしく、しっかりしている。)が非常に好評でした。そこで、さらにそれらしい本を求めて、本屋さんをウロウロし、また、インターネットの「ショッピング―CD DVD 本」の部分に目を凝らし、毎週日曜日の新聞読書欄を見て、足掛け2年。とうとう、何冊かの珍本を購入することができました。それでは、この2年間の成果をご披露いたしましょう。
なお、私の立ち位置から見て『珍本』でして、一般の読者からは決して珍本ではないと思いますので、誤解のないようにお願い致します。
<その4:なんだこりゃ日本語辞典?>小学館の「日本語オノマトペ辞典」(小学館 6,300円)
「オノマトペ」とはなんだろうと思いました。オノマトペ(仏:onomatopee)とは、擬声語を意味するフランス語です。物事の声や音・様子・動作・感情などを簡略的に表し、情景をより感情的に表現させることの出来る手段として用いられており、我々の生活は数限りないオノマトペを利用することによって成り立っています、と解説にありました。
特に日本語はオノマトペの種類が多く(この辞典では4,500語を収録)、その重要性は高いと言われております。また、同じ形態素 (特に2音節のもの) を繰り返す、スヤスヤ、チョイチョイ、ボツボツ、スヤスヤなどの「畳語」オノマトペが多いのも特徴的であります。擬声語とは、擬音語と擬態語の総称のことなのです。
写真1 オノマトペ辞典の箱と開いた状態のオノマトペ辞典
中を覗いてみると、なかなかなものです。4,500語と余りにも多いので、アイウエオ、カキクケコの中から、面白いものを10例挙げます。
表―1 オノマトペの例示(あ行とか行のみ記載しました)
いずれに致しましても、面白い表現があるものだと思い感心しました。それにしても、衝動買いでもあるまいに、4,500円と思い込んで、レジで6,300円と言われ、びっくり、実は4,500語を収録したというところを、4,500円と読んでしまった、慌て者だったのです。それにしても、どうしてこんな本を、6,300円も出して買ってしまったのか、大いに反省しています。そしてこの本の重いこと、紙質も厚く、本屋さんから自宅までの持ち運びに苦労しました。
現在は、我が本棚の真ん中に鎮座しているにもかかわらず、本を開く機会がごくごく少ない状態です。しかし、一度、このオノマトペ辞典を開くと、面白さに、ついつい、ニコニコして時間の経つのも忘れてしまうのです。
<その5:なんだこりゃ昭和の写真集?>農文協の「昭和の暮らしで写真回想法①」(農文協 3,200円)
1 表紙を見て、中をチラッと見て、衝動買い
大きな本屋さんで、「昭和の暮らし」、「写真集」というキーワードを見てすぐ手に取りました。それは『子どもと暮らし』というタイトルで、昭和時代の子供の情景が生き生きと表現されたモノトーンの写真集です。表紙を見ますと、家庭での散髪風景、私も子供の頃は家で散髪をしたものです。あまり切れ味のよくない『バリカン』で母が頭を刈るのです。「いてて、いてて。」と言ってわめいた記憶があります。下の写真は紙芝居屋さんです。当時、私たちの街にも自転車の後方の荷台に紙芝居のセットと水あめを載せて紙芝居屋さんがやってきました。私の母は学校の先生でしたので、この様な紙芝居屋さんには一線を引いていたようでして、私に紙芝居屋さんの水あめを買うお金を絶対渡しませんでした。そのため、私は常に後ろの方で「ただ見」(料金を払うことなく紙芝居を見ること)ばかりしていました。
写真2 「昭和の暮らしで写真回想法」の表紙
2 本を開くと写真がいっぱい
本を開くと、懐かしい写真がいっぱいです。これは良い本を買ったと心もち、満足、満足とニタニタ(オノマトペ:声を立てないで、気味わるく笑い続けるさま)。
県営住宅でしょうか。同じような家が並んでいます(写真3)。その手前を妊婦さんとその子供、犬が散歩をしています。妊婦さんは運動しなければならないと言って、いつも以上にトイレの掃除をさせられた、という話も聞いたことがあります。私が住んでいた家から少し西に行くとこの様な県営住宅の様な家々が並んだところがありました。家の人々は洗濯物を干したり、子供をおぶって近所の子供、自分の子供、分け隔てなく遊びを教えていました。夕方になると、裸電球がつき、ご飯の支度をするお母さんの姿、夕飯のカレーライスの臭い、魚を焼く臭いなどが、ぷーんとしてきました。ラジオの前(テレビではありません)では、家に帰って寝そべって、新聞を読んでいるお父さんの姿が見られ、本当になつかしいものです。
写真3 県営住宅らしい前の堤防を散歩する妊婦さんと子供、犬。
次の写真(写真4)は、腕白小僧の姿です。なつかしい子供の遊び、はなたれ小僧の『また、勝っちゃったー。』と少し照れくさそうな勝ち誇った笑顔。手にはメンコをいっぱい抱えて勝負の後のご満悦。私は、メンコが上手ではありませんでした。いつも負けてばかりで家の押し入れにあった大量のメンコ(多分、兄が幼いころ集めたものらしいのです)を少しづつ使い、そして負ける度に、少しづつ無くしていきました。
写真4 はなたれ小僧のメンコ遊び
そして、庭で行水をしている写真5、この様な情景は子供の頃でも、見たことはありません。私の時代のもっと前ではないかと思います。私の子供の頃は、銭湯へ行く人が半分、家庭にお風呂がある人が半分という状況でした。私は父が家庭大工で作ったお風呂がありましたので、銭湯へは行かずに済みました。
写真5 庭での行水風景、鶏が放し飼いにされている。
3 あれれ! 写真の中に数字が・・・・・。
この様にじっくり見ていると、不思議なことに気づきました。写真の中に、何か数字が打ってあります。例えば、「写真5」の行水の写真ですと、お母さんには①、行水をしている子供には②、鶏には③と④、見ている子供には⑤とあるのです。これはいったい何の本だろうかと、1ページ目の『はじめに』を読んだところ、この本は写真回想法による治療を実践するために使用する本であることが分かりました。結論から言いますと、つまり、『認知症』になった人が、病気がより軽くなったり、場合によっては回復したりするよう、昔の写真を見せ、介護人とおしゃべりをする本でして、認知症患者に対する治療法の一つで、要するに、そのためにこの本が関係施設に販売され、活用されるのです。
こんな本、本屋さんの一般図書の棚に並べるなんて、間違って購入するではありませんか。実際、私自身、あわて者なのか、間違ったけど・・・・。読んでいるうちに、何だか私も認知症になってしまいそうな気持ちになってしまいました。やはり、衝動買い(あわて買い)は慎まなければならないことを改めて、確認しました。
4 補 足
先日のある日曜日に我が家でこの回想法の本を読みながら、静かに庭を眺めている時でした、遠くから、一字一句を読み上げるような、ゆっくりした声の西尾市の防災放送が聞こえてきました。
<放 送>
(ピンポン、パンポゥ~ン、という『音さ』による前奏の後に)
「西尾市広報よりお知らせします。(2~3秒、間をおいて) 西尾警察署からの行方不明者のお知らせを致します。(再び、2~3秒、間をおいて) 本日午前9時ごろ、〇〇町の73歳の男性が行方不明になっています。(再び、2~3秒、間をおいて) 行方不明者は丸がり、背は普通、やや痩せた体格です。(再び、2~3秒、間をおいて) 行方不明者は、白いTシャツにチェック模様のズボンをはいております。(再び、2~3秒、間をおいて) 心当たりの方は、西尾警察署までご連絡ください。」、 「繰り返し、西尾市広報よりお知らせします。(以下、同じなので、省略します)。」
2回ほど繰り返し放送されてから、「ピンポン、パンポゥ~ン」、と再び、『音さ』の音で終了しました。
ええっ。私の年齢とさして違わないではありませんか。そして、○○町も私の家から目と鼻の先です。私は、やはり、この回想法の本を買った意味が十分あると認識し、しっかり最後まで読むことと意を決し、元に戻って、1ページ目から一字一句、のがさず読み始めたのでありました。
<その6:なんだこりゃ江戸マンガ本?>小学館の「江戸マンガ①芋地獄」(小学館 1,100円)
私は毎週日曜日の新聞読書欄を必ず読んでいます。文芸書や写真集など興味をそそる本の紹介がされています。7月のある日曜日に新聞読書欄を読んでいましたら、『江戸マンガ①』という本の紹介がありました。今度こそは衝動買いしてはならないと、しっかり記事を読みました。
『江戸マンガ①』は江戸から明治初期にかけて出版された絵入り娯楽本の草双紙のうち『黄表紙』と呼ばれた作品群を基に作られた本だそうです。全体がマンガ絵ですとの説明、監修者が外人のアダム・カバット氏という事で、外人から見た江戸の面白さを紹介するものです。これは面白そうと思い、やはり衝動買いをしてしまいました。
写真6 「江戸マンガ 芋地獄」の表紙
アダム・カバット(Adam Kabat)氏は、アメリカ人の日本文学研究者です。武蔵大学の正真正銘の大学教授でして、専門分野は近世・近代日本文学(幻想文学)、日本の妖怪だそうです。日本の文化を研究している人はドナルド・キーン氏、ロバート・キャンベル氏くらいしか知りませんでしたが、小泉八雲から始まった日本文化の研究は、現在、40人ほどの外国人が研究に没頭しているという事です。 日本文化の研究ではやはり、江戸時代の研究が面白く、特に、お化け、妖怪ものに人気があるようです。
写真7 芋地獄の内容(一部):芋を天秤バカリにかけて、
罪の重さを測っている所
この本の内容は吹き出しを新たに作ったり、古文的な表現を現代日本語風に直すなどきめ細かな配慮がされており、読み易くなっています。順に読んでいくと、なかなか面白く、何とも言えぬ滑稽さがあります。「ゆるさ」や「キモかわいさ」があり、日本文化の真骨頂ではないか、という解説がありました。この本は、江戸マンガ①ですので、この次の『江戸マンガ②』も、絶対、購入しようと決意しました。
<反省>
その1 やはり衝動買いは慎むべきと思いました。買って手に入るや、いきなり読み始め、面白いなぁ、と一度読んだだけで次の面白本に飛びついて行く状態です。一度だけの読書ではもったいない。何か使い道はあるか思案中のトンチンカン先生でした。
その2 読書の後、私の中で何か教養めいた言動があるかと思いきや、全くありません。教養としての読書感がないので読んだ気がしないのです。後味が良くありません。でも、読んでいる途中、笑っている瞬間はストレス解消という状態でしたので、『まぁいいか。』という事になりました。