早春の直島と豊島の漫遊記
さてさて、皆さんもご存じのとおり、1月の直島訪問漫遊記では全ての美術館が休館でした。したがって、どの美術館もそのアートを観たことがありません。帰りの連絡船に乗り、島を離れる時に港に向かって「必ず来るからなぁ~。待ってろよ~。」と口ずさんだのです。
玉野・直島・豊島の位置関係
そして、今回、直島(なおしま)の再訪となりました。直島だけではもったいないと、隣の豊島(てしま)も訪問することにしました。豊島は産業廃棄物の不法投棄事件で有名な島です。この現場も訪問することとしました。
午前7時にJR岡山駅に降り立ちました。そして、例のごとくローカル線で宇野駅まで行きます。今度こそと思い、慎重にフェリー乗り場まで歩くと、いたる所に変わったものが目に付きました。まずは宇野駅の外壁が純白に変わり、その白い壁に電柱みたいものが黒いペンキで何本も描かれています。少し行くと今度は自転車が6台ほど吊り下げられています。そして、もっと目についたものは外人さんがやたらに多いのです。「YOUは何しに日本へ。」というテレビ番組を見ているようです。彼らは私と同じフェリーに乗るのです。直島とはこんなに世界的に有名なんだ、と思いながら直島の宮浦港へ降り立ちました。
すると、今度は学生の集団が30人ほど、先生と思われる人から説明を受けているのです。なんか怪しいと思つつ乗船切符売り場を見ると、なんと『瀬戸内国際芸術祭2016(セトウチ・トリエンナーレ2016)』というポスターが貼ってあります。会期は3月20日~4月17日とあります。またしても事前調査不足で、開会2日前の訪問です。でも、宇野駅の外壁がアートになっており、外国人も学生も多いのです。やはり会期中は混むので考えたのでしょうか、かなりの人でした。
直島の町営バスは満員で、雨も少し降っています。最悪の日となりましたが、頑張って美術館を目指すことにしました。
まずは、地中美術館です。少々お値段が高いのですが、見ごたえのある美術館でした。この美術館では、『アートとは従来の額縁に入った絵のようなものでなく、部屋全体も含めてアート』なのです。アートスペースともいう部屋はいくつもあり、部屋ごとに違った内容です。おじさんにはついていけない世界のようでしたが、長い時間その部屋で瞑想していると何だかわかるような気持になってきました。そこのところが、また不思議でした。
地中美術館の入場券(2,060円でした)
しかし、雨が降って来て天井のないアートスペースではレインコートを着ての観賞でした。
その後、雨の中をレインコートにリックサック姿で2つの美術館を巡り、野外展示物を観ました。途中、海岸にほど近いところに『文化大浴場』という変わった名前の野外展示物がありました。人種を越え、年代を越え、国を越え、様々な人が寄り集う場という意味だそうです。文化大浴場では、戦争もなく、いがみ合いもなく、いじめもなく、心も落ち着き、みんなと仲良くお風呂に入る、裸の付き合いができるというものでしょうか。全景を見ると本当に様々な人(石)が様々な姿で憩う場所のように見えました。
題名:文化大浴場
(中央の四角い部分は湯船(露天風呂)、石は中国の太湖の湖底産。
私はもちろん入浴しませんでした。)
最後に、例の草間彌生のカボチャを見ながら帰ることにしました。しかし、雨の中せっかく来たので記念写真を撮ろうと思いましたところ、5人の女子学生と遭遇し、小さな声で、「シャッターを押してもらえませんでしょうか。」とお願いしたところ、快く引き受けていただきました。
再びカボチャの前で(レインコート・傘・リックサック姿)
(5人の女子学生に見られながらの雨の中でのポーズです。)
一度、岡山へ帰り安いビジネスホテルで泊まりました。そして再度宇野港から今度は豊島行きの船に乗り、いよいよ豊島入りです。
ここでお話ししますが、連絡船の出航の時やJR電車の発車時にはほとんど必ずという程、『瀬戸の花嫁』のメロディーが鳴り響くのです。始めは情緒豊かでいい感じでしたが、旅の終わりごろには鳴り響くというイメージで、どこでも『瀬戸は日暮れて、夕波小波 あなたの島へお嫁に行くの』と小柳ルミ子だらけでした。
豊島(てしま)行きの連絡船(手前は岡山県警察の巡視艇)
豊島の家浦港に午前9時に着くと、さっそく豊島に1台しかないタクシーで産業廃棄物不法投棄現場を視察しました。タクシーの運転手さんに「午後から美術館巡りをしたいので、タクシーの予約は出来ますか。」、と聞きましたら、「午後は予約が入っており対応できません。レンタサイクルで巡ってください。」というツレナイ返事でした。しかたなく、簡単に視察を終えて、足早にレンタサイクルショップへ行きました。そこにはまだレンタルの自転車が10台ほどあり、ほっとしました。お店の人は簡単に自転車の使用方法と、『心臓音のアーカイブ』まで45分、帰りに『豊島美術館』まで15分、そして『豊島横尾館』まで35分ですという説明に、不安な心を抱きつつも、いずれにしても頑張ると心に決めました。何せこの様な長距離自転車運転は高校生、大学生以来のことです。荷物はできるだけ軽くするため預けました。いざ、出発~。
心も軽く、レンタサイクルで豊島一周(1日乗り放題で1,000円 アシスト自転車です)
自転車で出発すると、いきなり登り坂です。アシスト自転車といえどもお尻を上げてヨイショ・ヨイショとペダルを漕ぎます。足に力を、そして腕にも力を込めて峠まで到着しました。すると、前方に棚田、豊島美術館のオワンを伏せた型の建物が見えます。今度はブレーキをコントロールして時速40キロメートル以上と思われるスピードで下ります。集落を抜けてしばらく行くと『心臓音のアーカイブに』到着しました。
心臓音のアーカイブの内部(真っ暗な部屋)(絵葉書よりコピー)
そこには、受付の女性が一人ポツンと居ます。私以外お客はいません。入場料を払い、ちょっとした説明を受け、左側の扉を入るとそこは真っ暗な部屋で真ん中に裸電球が点滅しています。低音の心臓音に合わせて、灯ったり消えたりしています。低音は体に響き、本当に心臓の音が迫って来るようでした。これも芸術かと思いながらしばらくその部屋で佇んでいましたが、あまりの低音で、私の心拍数に近い周波数で、「ドドッ、ドドッ」と響くので、私の体の下の方から、「ぷっ。」と短く出てしまいました。次に入ってくる人に申し訳なく思いながら心臓音のアーカイブの部屋を出ました。受付の女性が「ありがとうございました。」といいましたので、「どういたしまして。」と返事をして退散しました。
冷や汗をかきながら、再びアシスト自転車に乗り豊島美術館を目指します。途中、バスケットボールのゴールがいっぱい並んだ『勝者はいないマルチバスケット』(野外展示物)を見学し、置いてあったボールでゴールを目指して投げたのですが、ゴールが6つもあるのに一つも入りませんでした。やはり『勝者はいない』でした。
勝者はいないマルチバスケット(豊島にて)
再び、アシスト自転車で坂を上り、豊島美術館を目指します。棚田を見ながらヨイショ・ヨイショとペダルをこぎ、やっとの思いで豊島美術館に付きました。この美術館はちょっと変わった美術館です。入場料を払う受付の建物があり、そこから両際に雑草が生え、ゆるく右にカーブした小道を進むと、アートスペースという所に付きました。そこでは靴を脱ぎ、ビニールの靴下をはくのです。そして中に入ると何もありません.真っ白なドームの中に人々が静かに立っていたり、しゃがんでいるのです。絵もありません、彫刻もありません。ただのスペースです。天井は2か所、大きく穴が開いており、そこから清々しい風が入り、青空、遠くの山並みが見えるだけです。何だこれはと思ってはいけないのです。生と死を体験する場だそうです。しんみりとした雰囲気の中、話し声は聞こえません。10人ほどの人々は様々な方向を向いて静かにたたずんでいるのです。私もしばらくそのスペースに佇んでいました。結局、心臓のアーカイブといい豊島美術館のアートスペースといい、私にはよくわからない世界でした。
再び、再びアシスト自転車に乗り家浦港目指して帰りました。途中、豊島横尾館を訪ねました。この美術館は旧家を改造したもので、庭石は赤くペンキで塗ってあり、滝は黄金色に塗り込められています。中に入ると床はガラス張りで庭の池が床の下を這っているのです。トイレも上下・左右・前後ともステンレスのピカピカ鏡、納屋では天井と床がピカピカの2枚のステンレスで、天井は高く宇宙へとつながり、下は奈落の底までつながっているようです。足を踏み込むのが怖い感じです。変な感じです。
変わった体験をしながら、冷や汗をかきながら帰りの船に乗り込みました。
帰りのフェリー(豊島家浦港にて)
芸術とは、四角い額縁の中でなく、周囲全体が芸術で、音響もあり、光もありです。新しい芸術です。『瀬戸内国際芸術祭(瀬戸内トリエンナーレ)』のオープン2日前でしたが様々な作品との出会いがあり、新たな気持ちになって帰りました。豊島の家浦港を離れる時に港に向かって「トリエンナーレ開催中には、必ず来るからなぁ~。待ってろよ~。」と再び口ずさんだのです。
しかし、数日後、胸のあたりが痛くて、痛くてたまりません。芸術に感激したのではないはずですが・・・。自転車のせいとすれば、足が痛いはずですが、胸です。ペダルをキックするとき相当な腕の力の助けをもらっていたのでしょうか、いずれにしましても、全治1週間の筋肉痛でした。
追加説明:足が痛くない理由は、孫と一緒に毎週遊園地へ行き『サイクルモノレール』に乗り、私がペダルを漕いでいたことによるものと思われます。この結果、相当に足が鍛えられていたと考えられます。