引き続き、さてさて、皆さんもご存じのとおり、トンチンカン先生は、ここ数年来、急速に『美』について強く考えるようになってしまいました。ここ1年間の実績ですが、昨年の秋には東京での『春画展』を皮切りに、今年の春には瀬戸内海に浮かぶ直島と豊島への『美を求めて』の一人旅。そして、初夏には、新緑の『みちのく一人旅』、また、9月には江戸東京博物館で開催された『妖怪展』を観てきました。
今思えば、60歳以降の第2の人生では、仕事の途中で様々な美と接する機会があったのです。例えば、タイの『タイシルク』の美しいテーブルクロス、中国の『南京雲錦織』の美しい壁飾り、そして、ブータンでは鬼や動物などの『仮面』と『曼荼羅図(仏画)』、など東南アジアの美しく、しかも、可愛い民芸品にのめり込んでいたのです。ただ、観ていて、蒐集(しゅうしゅう)するばかりで、なんとなく腑に落ちないと言うか、納得いかない部分があったのです。
そして、ついに、トンチンカン先生は『芸術の創造』に挑戦したのです。
ブータンの仮面(祭りではこの仮面を付け道化師役として踊る)
1 石材をいただきました。
ちょうど、数年前、石材店を営んでいました女房の実の兄が商売をやめることとなり、「欲しい石材があったら持って行っていいよ。」という電話連絡が入りました。どうしてだろうと思っていましたら、「店の在庫は処分するけど、産業廃棄物として処分するので処理経費が掛かる。」そうです。そこで、欲しいものは全部持って行ってほしいとの連絡です。
それではという事で、私の自家用車(当時はトヨタカローラ1200ccでした)で名古屋の中心部にある石材店に行き、いただけるものは全て頂いて来ました。と言っても自家用車です。重たい石を運ぶためには不完全な自動車でしたので、前の座席の足元に、後部座席の左右に均等のと積載し、エンジン音も重くやっとの思いで自宅まで運びました(実は3往復ほどしました)。
しかし、当時は何に使うかも考えず、やみ雲に運んだので、庭の隅で山積みとなったのでした。でも、よく見るとなかなか質の良い石のように見え、高価ではないかと思い始めました。我田引水。
2 石の活用について思案顔のトンチンカン先生
そこで、トンチンカン先生は頂いた石をどうしようか、と毎日、毎日思案していました。石は一辺が20センチメートルほどの正方形に切った『鉄平石』です。これを自家用車で30枚ほど頂き、運んできたのです。とりあえず、庭に碁盤の目のように、市松模様のように並べてみました。下の図が『市松模様』です。黒い部分が鉄平石で、白の部分は土です。始めはきれいだなぁ・・、と感心していましたが、日に日に白い部分から雑草が生えだし、そして、雨が降る度に、土が侵食されて段差ができ、歩くとつまづいてしまうのです。あぁ~、これはダメだと反省し、撤去し、再び庭の隅に山積みとなったわけであります。
図―1 代表的な市松模様
一方、一辺が10センチメートルほどの御影石は50枚ほど頂いて来ました。
こちらの方は、全く使い道に見当がつきません。市松模様では御影石の白っぽさから、映えない。しばらくそのままにしておくと汚れが目立ち、汚い御影石となり果ててしまいました。つまり、相当、使い勝手が悪いのです。これも思案の挙句、鉄平石と一緒に庭の隅に保管することとなりました。
3 芸術の創造に向けて
私は、初めにも申した通り、美術にのめり込んでいます。綺麗な絵だけでなく、額から飛び出した部屋全体が芸術というもの、屋外展示物など、目からウロコの芸術鑑賞をしています。そして、この芸術鑑賞と鉄平石・御影石が、私の頭の中で、ぐるぐる回り、かき混ぜられて、うまくコラボレーションしたのです。その結論はつまり、『芸術の創造』でした。
ちょうど、我が狭い、猫のヒタイ程度の庭でガレージの設置工事をしていましたので、その建築屋さんに、庭の低くなっているところを指で示しながら「山土を、この少し庭の低くなった部分に入れてもらえませんでしょうか。」とお願いしたところ、二つ返事で了解をいただきました。
ある日、坂部環境技術事務所の仕事を終えて帰ってみますと低い庭の部分に土が入れてありました。低いところを平たんにするのではなく、なんと小山になっているのでありませんか。
数日間、そのままにしておきましたが、ある日、夕刻、縁側で、一人でお酒をチビリチビリとやっていると、その小山は、白く、粒子も砂状になって、粒径もほぼ同じ状態になっているのです。それからしばらく、じーっ・・と眺めていると石川啄木の詩が思い浮かんできました。「海は荒海、向こうは佐渡よ、」ではありません。
ここで説明。私は子供の頃、家の棚に並んでいました日本文学全集を見て、『石川啄木』を『石川豚木(ぶたき)』と読んでいたことを思い出しました。失礼。
つまり、詩集『一握に砂』の中にある、『初恋』という詩があることを思い出したのです。
砂山の砂に 砂に腹這い
初恋のいたみを
遠くおもい出ずる日
初恋のいたみを
遠く 遠く あ~ あ~
おもい出ずる日
石川啄木 作詞 越谷達之助 作曲
こんな年になって、初恋もあったものではありません。すでに、遠く、遠く、相当に遠くです。そして、庭のこの部分を砂山にして、例の石を芸術的に配置することを思いついたのでした。
翌日、どのような構図にするか、考えて、考えて、ほんの1時間後、ついに構想がまとまり、さっそく創作に入ったのです。そして、作業すること1時間。石の配置を微調整した後に完成したものが下の写真です。この写真は私の家の縁側から見たアングルです。ブロック塀とフェンスの向こう側は、トナリの渡辺さんっち、です。つまり、なんと、あの有名な『借景』という技術もしっかり取り入れているのです。
トンチンカン先生の作品(名前はまだない。)
5 題名は如何にしようか。
作品の題名を考えなくてはいけません。『初恋』? トンデモナイそんな年でもない、今は古希(こき)、古来より稀(まれ)なケースの70歳です。「老いらくの恋」なんて揶揄されそうです。これはダメだ。
少し解説します。写真を見てください。使用している、左上の青い自然石は愛知県山間部をドライブしていた時に耕作放棄地の畦道で拾ったもの、中央の赤い自然石は天竜川の上流部の支流(河川名は知らない)で拾ったもの、右下の壺(ツボ)は愛知県の常滑市内で多くみられる常滑焼の窯元で梅干しを作る道具としての壺ですが不良品として処分される瞬前のものをタダで頂いて来たもの、真ん中のサザンカの木は10年ほど昔、お隣さんから、実が落ちて芽が出てきた小さな苗木をいただいたものなのです。もちろん四角い御影石は義兄の石材店からタダで頂いて来たものです。三角の鉄平石も同じです。
そうだ、題名は『リサイクルの輝き』にしよう。でもなぁ~、ちょっと、アートというには名前がイマイチです。
しかし、まあいいや、我が芸術の創造の成果は、とりあえず『リサイクルの輝き』としておきましょう。という事で、仮の名としました。
6 反 省
完成してから、毎日、毎日庭を見ています。砂山の砂に腹這うことが出来ないほどの猫の額ほどの広さですが、毎日、毎日、お酒をチビリ、チビリやりながら、夜遅くまで縁側から見ています。満足。満足。
しかし、砂山をジーッと見ていると何か、モコモコとしている部分がありました。庭へ出て、竹ヘラを使って調べてみると猫が糞をした跡です。掘って見るとありました、ありました。その後も、何度となくありました。もう、怒れちゃう。
また、ある雨の上がった朝、再びジーッと見ていると雑草の芽が一面に出ています。さっそく草取りです。親指と人差し指を使って1本ずつ、1本ずつ丁寧に抜くのです。もう、疲れちゃう。
つまり、芸術を創作した時の状態に保つことは大変な作業であることを思い知らされました。