実は、昨年、トンチンカン先生は40年ぶりに学会に参加しました。それは「地下水・土壌汚染とその防止対策に関する研究集会」という5つの学会の共同主催の研究集会でした。場所は九州大学です。伊都(いと)キャンパスでの開催です。伊都キャンパスは新しく大学を統合移転したばかりで、ちょっとした丘の上に10階建ての校舎が3棟大きくそびえ立ち、まるでパルテノン神殿のような異様な姿でした。その中の椎木(しいき)講堂という円形の講堂で開催されたのです。
写真―1 プログラム(入場料も含め料金は1万円でした。高い~。)
私たちの頃は、農芸化学学会での発表でしたが、最近は失礼な表現ですが、小さな学会がやたらと多く(多分、専門分野が細かくなったものと思います)、今回は5つの学会の合同開催で、そのため、『研究集会』という名前の催しでした。私は発表しませんでしたが、共同研究者の一人として参加しました。年齢も年齢ですし、恥ずかしさもあり、この研究にアドバイスした程度でありましたので、研究者として研究発表会のプログラムに名前を出していただくのは、ダメダメ絶対ダメ、と勘弁してもらいました。
図―1 椎木講堂の平面図(直径は100mです)
★ガレリアはオープンスペースでパネルディスカッションが開かれた。
★コンサートホールは3,000席の大ホールで研究発表が行われた。
発表は、私たちの時代とは大きく変わっていました。発表はコンサートホールで行われ、発表者は演壇に上がりそれぞれ3分ずつ発表するのです。A4用紙にカラーで作成した5~6枚の図表を用意してOHPを使ってスクリーンに大きく映し出します。質問はしません(質問時間は設定されていません)。ただ、順番に発表するだけです。午前中、広いコンサートホールで次から次へ発表するのです(昔のような分科会形式ではありません)。そして、午後から、ポスターセッションと言いまして、椎木講堂の1階ロビー(ガレリア)でB紙大の画用紙にカラーできれいに作成したポスター(図や写真を多く用いて、研究目的、方法、結果をまとめています。)が張られており、その前に全ての発表者がそれぞれの場所に立ち、様々な人からの様々な質問に答えているのです。40年前と全く違った学会発表に目を白黒してしまいました。
写真―3 九州大学伊都キャンパス案内図(右上の青い円が椎木講堂)
なんか、場違いな様子で疲れてしまいましたので、私は、発表を聴いた後、パネルディスカッションの展示をさらさらっと見て、早々にサボって、博多天神から西鉄電車に乗り、久留米市の近くの柳川という水郷で有名な観光地に行く事にしました(これは以前から、できれば観光したいと思っていました。また、途中、久留米の近くに『花畑』(はなばたけ)というかわいい名前の駅がありました)。
柳川は『城ケ島の雨』、『赤い鳥・小鳥』、『この道はいつか来た道・・』の唱歌などで知られる北原白秋の生地です。
西鉄柳川駅のすぐそばの渡船場から川下りをしました。70分の舟遊びでして、なかなか情緒がありました(前立腺がやや大きく、途中でおしっこに行きたくなりましたが…)。
写真を見ていただきたいのですが、同船した人々は、定年記念の旅行でしょうか中年の二人連れ、若いカップル、3人の家族連れでして、私だけ1人でした。意地になって一番前に座り込みました。その結果、船の前方が沈み勝ちとなり、船頭さんは櫂を漕ぐのに大変だったと思います。そして、前に乗ったせいか、写真うつりが良かったのでやや満足しています。
写真―4 柳川の川下り(一番前に座っている)
少し空模様が悪く、時々雨粒が落ちてきましたが、船頭さんの案内とこの地域の民謡の歌声、舟のきしむ音に心が和み良い雰囲気でした。
そして、終点の船着き場で船から降りると目の前に古民家の様な食堂がありました。そこは、有名なうなぎ料理店です。入口を入ると、例の定年記念らしきご夫婦が居ました。どうも東北弁らしい訛りのある話し声です(後でわかったのですが山形県酒田市の方でした)。私は奥の席に座り、メニューを見ましたところ、柳川名物うなぎの重箱(うな重)、松・竹・梅とあります。これほど遠くの柳川へはなかなか来られないだろうと思い、そして、女房がいないので、松を注文しても梅ランク2人分の値段より安いと瞬時に計算し、大きな声でランクの最上級「松」を注文してしまいました。周りで『松』を食べている人が一人も居なかった分、やはりおいしかったのです。満足、満足。お腹をさすりながら、爪楊枝を加えてお店を出ました。
運河沿いにしばらく行くと北原白秋記念館がありました。私はかなり暇でしたので長い時間をかけてじっくり見学しました。記念館の事務員の人が、「しっかり見ていただき有難うございました。」とお礼の言葉をかけていただきました。しっかり見た結果、北原白秋は2回の離婚と3回の結婚をしていることが分かりました。1回だけで、2回目への自信、度胸、若さ、その他もろもろの勇気のない私にはうらやましいかぎりでした。不謹慎な・・・亡き女房に怒られそうです。
その後、 帰りには、ひたすら孫のため、博多ラーメン、長崎カステラなどを土産に買い、家路へと帰りました。
事務所へ帰り、研究集会でいただいた資料を整理していますが、学会より柳川の記憶の方がほぼ90%を占めていたので、資料整理できない状況で、今もって、資料はそのままに机の隅でほこりをかぶっています。研究集会の事務局の方々、大変申し訳ありません。
(以上)