第23話 トンチンカン先生の『北の旅人』
さてさて、皆さま、今年もよろしくお願いいたします。実は、昨年の11月に2泊3日の日程で、一応、研修旅行と題して、スタッフ3人で北海道に行って参りました。今、話題になっている水俣病の原因である水銀の使用に関して世界条約が発効し、全面的に使用禁止となりました。いわゆる水銀条約です。日本の国も水銀に関する様々な法律がこの条約に合わせて、大きく改正されました。もう水銀はPCBと同じく完全に使用できないのです。そのため、日本で唯一、水銀を無害化処理する工場である『野村興産イトムカ鉱業所』を視察することとしました。
もう一つの研修旅行の目的は、札幌市が運営する『モエレ沼公園』です。この公園は、産業廃棄物や一般廃棄物の埋め立てが終了した広大な廃棄物処分場を自然豊かな自然公園に造成したものです。設計も有名な彫刻家、いや、総合芸術家と言いましょうかイサム・ノグチ(父は詩人の野口米次郎、母はアメリカの作家レオニー・ギルモア)によるもので、知る人ぞ知る有名な施設です。それでは、お待たせしました。いつもの珍道中をご覧あれ。
表 北海道視察旅行の旅程
日にち 主な視察場所
第1日目 モエレ沼公園視察、北海道大学資料館
第2日目 野村興産㈱イトムカ鉱業所視察
第3日目 札幌、小樽の景観視察、日本銀行資料館
第1日目 名古屋から札幌、旭川へ
 まず、朝7時50分テイクオフ。セントレアから新千歳空港へのスカイマークでのフライト。格安空港券を使いました。新幹線で名古屋から東京へ行くより安い運賃でした。しかし、格安の運賃だけあって機内はやや狭く、ちょっと窮屈な感じがしましたが快晴のため、窓から見る景色は最高でした。木曽三川の河口、乗鞍岳、諏訪湖、日本海、佐渡島、鳥海山、津軽海峡と流れる景色は目を見張りました。津軽海峡を渡るときはかなり低空飛行で、白波が目の前に見えるようでした。
  JR新千歳駅からは快速エアポート号で一路札幌へ、それからどの様にしてモエレ沼公園へ行くのか分からない。とにかく、JR札幌駅構内の札幌市内観光案内所のボランティアおばさんに聞くことにしました。

私「あのぅ、モエレ沼公園へ行きたいのですが。どのようにして行けばいいでしょうか。」
(時計台とか大通公園とか、すすき野のラーメン横丁など有名な観光地の問い合わせではないので、ボランティアおばさんはいつもと違う問い合わせに怪訝(ケゲン)そうな目で私たちを見た挙句、答が来ました。)

おばさん「地下鉄東豊(とうほう)線で終点の栄町まで行き、そこからタクシーですね。今、公園の紅葉がすごくきれいですよ。」
私「東豊線はどこから乗るのでしょうか?」(また怪訝そうな目)
おばさん「駅(JR札幌駅)の地下ですよ。」(何だか当たり前のような答)

何だかおかしな会話の後、東豊線に乗り、タクシーに乗りました。またしてもタクシー運転手さんと意思疎通のない会話

私「運転手さん、モエレ沼公園の中にレストランはありますか?」
運転手さん「公園事務所の中に一軒だけありますよ。」
私「ありがとうございます。2時間ほど見学して食事をしますので、その時間に迎えに来てくださいね。」
運転手さん「わかりました。携帯電話番号を教えますので電話をかけてください。よろしく。」

しかし、レストランは、かなりと言うか、相当な高級レストランでした。私の頭の中には1食1,000円未満の「一膳めし屋」的なレストランを想像していたのです。やはりここは、レストランと言わず「ちょっとした食堂はありますか?」と聞くべきでした。
ランチの写真
最も安いランチでした。勢いでワインも飲みました。(パンは食べ放題)
入口を入ると、まず、応接セットがあり、お茶を飲みながらしばらくそこで休憩し、そこから蝶ネクタイをしたウエイターに案内されると4人掛けのテーブルには白いシーツ、メニューを見ると上からランチ3,500円、4,000円、5,000円と書いてありました。そこでしかたなく「一番上のランチをお願いします。」と言いました。つまり、一番上に書いてある、安いランチをお願いしたのです。ところが、蝶ネクタイは確認するように、「3,500円のランチでよろしいでしょうか。」と言うのです。ランクが上ではなく、一番上に書いてあるものを注文したのですが、イヤミなウエイターですよね、まったく。坂部環境技術事務所の研修旅行ですので、旅姿は工場見学ですから汚れても良い服装で来ました。レストランの従業員の人達は、私たちの服装、立居振る舞いなどを観察してたのでしょうか、私たちが場違いなところへ来たので戸惑っている様子に見えたのでしょうか、少し、不安感の様な不信感の様なものがありました。特に、奥の方に居る料理人は、この人たちお金を持っているのかなぁ~、という目つきでした。
とはいえ、さすが3,500円。品があり、美味しく頂けました。あまりの美味しさに、ワインも注文してしまい、ほろ酔い加減になったのです。
でも、食事も最後の佳境に入るころは、蝶ネクタイは優しく、「どこから来られました?」と聞くるので、「名古屋からです。」と答えると、「私の出身は静岡です。」と、いつもの出身地を紹介することから始まり、少しづつ話が弾み良い雰囲気になりました。満足、満足。
モエレ沼公園
モエレ山からモエレ沼公園北東を見る(中央建物は公園事務所)
その後、3,500円の食事を終え、そして、広くて、山あり谷ありの自然公園を、荷物を持って徒歩で回りました。公園面積は189ヘクタールです。そしてモエレ山は標高62メートルです。とにかく広大で標高差もあり全てを見て回ることが出来ません。そこで、まず、眺望の効く「モエレ山」に登ることにしました。つまり、公園の全体像を見たいのです。ところがアルコールが入っているのか、はたまた、身分不相応な高級ランチを食べた結果なのか、息が切れて、息が切れて、20歩あるくと20秒休むと言う誠に不名誉なリズム感で登り切りました。この様な素晴らしい景色と自然豊かな風景の下に産業廃棄物が埋まっているなんて想像もできませんでした。ちなみに埋立てられたごみの量は、273.6万トンという記録が残っています。思いもよらない出費と山登りの疲労でしたが、十分研修成果が得られました。
<解説>
『モエレ』とは、アイヌ語の「モイレペツ」が語源と言われています。 「モイレ」は「静かな水面」・「ゆったりと流れる」、「ペツ」が「川」を意味します。 そして、モエレ沼は近くを流れる豊平川が自然河川として流れていた時代、たび重なる洪水や氾濫で出来た河跡湖と考えられています。
その後、札幌駅に戻り、歩いて北海道大学を見学しました。北海道大学の正門で記念撮影です。『子育ての失敗を孫で取り戻す。』と言わんばかりに、孫にはこの様な大学へ入学させたいと正門に向かって手を合わせ(仏さま)、柏手を打ち(神さま)ました(つまり多神教、あるいは無宗教)。そして、北海道大学博物館を見学した後、JR札幌駅から、函館本線で特急カムイ29号 旭川行に乗りました。日は既に陰り、車内の雰囲気は『本当に北海道』と言う状況でした。車窓からは暗黒の中に家のともしびがポツリ・ポツリと見え、夜行列車の雰囲気には十分なしつらえでした。
こんな訳で、第一日目から、脱線に次ぐ脱線の漫遊記でした。札幌駅で観光案内のボランティアおばさん、タクシーの運転手、さらには、3,500円のランチと、またしても、出鼻をくじかれた感じでした。
第2日目 野村興産イトムカ鉱業所
地図・案内
旭川より北見の方が近い位置にあります。
朝早く、レンタカーで目的地である『野村興産イトムカ鉱業所』へ向かいます。何せ午前9時からの見学予約です。前日の天気予報では「雪、積雪15センチメートル」と報道されています。野村興産の案内書では旭川から高速道路を使い2時間という説明です。これは困った、そんなにスピードを上げて走れない。峠もあるようです。とにかく、何があっても時刻通りに着きたい。考えに考えた挙句、旭川のビジネスホテルを午前5時30分の出発としました。ホテルで朝食も取らず、市内のコンビニで菓子パンと野菜ジュースを買い、道中、車の中でムシャムシャと朝食です。
旭川から北見国道を東へ、東へ、そして石北峠を越えた所にイトムカ鉱業所はありました。スピードの出しすぎなのか、8時ちょうどについてしまいました。何か、おかしいな。9時まで、まだ1時間もあるのです。寒さの中で待つことは大変なので、一旦引き返えし、20分ほどの所にある層雲峡を視察しました。層雲峡に近づくにつれて車窓からは『民宿大雪(みんしゅく・おおゆき)』とか、『レストラン大雪(れすとらん・おおゆき)』などの看板が見えます。いくら何でも、大豪雪地帯ではないのに、いたる所に『大雪(おおゆき)』の看板です。おかしいなぁ、何で大雪なんだろうと考えていましたら、途中に『喫茶・大雪山』と言うのがありまして、さすがオオユキヤマとは読まず、ダイセツザンと読み、「なぁんだ、大雪(だいせつ)なのか。」と納得しました。
 その後、9時ちょうどになりましたので、野村興産イトムカ鉱業所の門を入りました。
イトムカ鉱業所入口
野村興産イトムカ鉱業所の入り口にあった。
 そこにはすでの大型トレーラーが4~5台、鉱業所の開門と同時に入場する順番待ちをしています。聞きましたところ、全国から集められた水銀を含む廃棄物(蛍光管や乾電池など)はJR北海道の貨物列車で北見までコンテナで運び、それをコンテナ専用トラックに積み替えてイトムカ鉱業所まで輸送するのだそうです。
コンテナトラック
イトムカ鉱業所へ入場するコンテナ専用トラック
 9時ちょうどに、私たちも、入場しました。始めの1時間は工場の概要説明と水銀鉱山の歴史などのお話しをいただき、その後工場見学です。とは言うものの、絵になる写真はあまりなく、普通の工場みたいです。唯一、水銀含有乾電池の無害化工場のみが絵になるものでした(下の写真)。
乾電池の無害化処理
水銀含有乾電池を無害化処理する工程の入り口(乾電池を並べている)
 見学コースの途中、見学者のためのサービスと言うのでしょうか、水銀が入った二重になった容器の展示がありました。そこでは、鉄製の大きな釘(クギ)がプカプカと浮いています。異様な感じです。水銀の体験実験で、私たちは分厚い手袋をしてその容器の中に手を入れることが出来るのです。水銀の比重が大きくて手が入りません。力いっぱい手を突っ込んでようやく手首まで入るのです。なかなか面白い経験をしました。あまりに力を込めたので腕が痛くなりました。
 視察終了時間が近づき、12時を過ぎていましたので、鉱業所内を案内していただいた人に「ここらあたりで、食事するところはありませんか?」と聞きましたところ、「北見市の方へ少し下ったところに『つるつる温泉』があり、そこに食堂がありますので、そこを利用してください。」と言うのです。『利用してください?』何か引っかかるものがありましたので、さらに突っ込むと、「イトムカ鉱業所の水銀鉱山からの湧出温泉です。」というのです。シメ、シメと思い、そこでさらに突っ込み、「何か利用券とか、割引券など、いただけるものはありますか?」と聞きましたら、簡単に「ありません。申し訳ありません。」と言うつれない返事でした。『言ってみるもんだ。』という事が通用しませんでした。残念。
つるつる温泉
水銀鉱山から湧き出た温泉です。昼食のみ利用し、温泉には入りませんでした。
つるつる温泉はイトムカ鉱業所から15分ほど、北見の方へ下って行った左側奥にありました。食堂には思ったより多くの客がいました。お客は地元のお年寄りが中心です。私たちは、しかたなく、全員が、安くて、早く出来るものを注文することとし、結局、定価600円の生姜焼き定食を食べることにしました。昨日のモエレ沼公園でのランチと大違いです。
ところで、つるつる温泉の名前の由来ですが、湯がつるつるしていて、入浴すると肌もツルツルになるという事から来た名前だそうです。イトムカ鉱業所の人は「名前が良くないですね、何だか品が無い様でして・・・、頭が『つるつる』を連想してしまいます。」と申しておりました。残念でしたが、時間がなかったので入浴はできませんでした。
いずれにしましても、野村興産イトムカ鉱業所は見る価値がありました。
 その後、レンタカーで旭川まで帰り、再び函館本線で特急ライラック36号で札幌まで帰りました。札幌ではススキノで地元料理の夕食を食べました。
<解説>
『イトムカ』の語義は不明ですが、そのまま読めば i-tomka(それ・輝かす)とも,また i-tom-muka「それが・輝く・無加川(支流)」とも聞こえる。i-tom-utka(それが・輝く・早瀬)とも読める。鉱物が光って見えたものかと推測されています。
第3日目 札幌、小樽、そして名古屋へ
 3日目は名古屋へ帰る日です。早朝、例の時計台を見に、いや、朝6時の鐘の音(かねのネ)を聴きに行きました。午前5時40分に札幌駅前のビジネスホテルを出て、歩くこと10分で時計台前に着きました。人通りは少なく、ジョギングをする人がちらほら見えました(犬の散歩をしている人はいません)。
 ちょうど6時10分前です。敷地内では警察官の様な制服を着たおじさんが竹帚(タケボウキ)で落ち葉を集めています。観光客はいません。6時になると、ガラン・ゴロン、いや、そんな音ではありません。もう少し濁った音でした。ジャラン・ジャゴンと言う濁った鐘の音です。よく言えば歴史を感じる音、悪く言えば錆びた音です。初めて聞く音でして、最大限に賞賛し、つまり、心にしみる音でした。感激して、パチ・パチ・パチ(拍手)。
札幌時計台
早朝6時の札幌時計台(鐘の音は少し濁音が入った感じでした)
ホテルの朝食(バイキング)を頂き、今日の午前中は小樽を見学する事としました。新千歳発のフライトは16時ですので、ゆっくりとした見学です。小樽駅を降りて記念写真。そして、小樽運河をめざし、堺町通りのメインストリートを歩きます。この日は北海道ではまれな暑さです。コートを脱ぎ、汗の出ない様にゆっくり歩きます。
小樽駅ホーム
JR小樽駅のプラットホームで記念撮影
途中、雰囲気の落ち着いた、ちょっとレベルが高そうな『大正硝子館 宇宙(そら)』というお店に入りました。大量生産・大量販売という品ぞろえではなく、美術品の様な、レア物の様な作品が、品よく並んでいます。中に入ると、30歳ほどの美人の店員さん(容姿淡麗でややフックラ、中肉中背で少し背が高い)がニコニコして、「どうぞ、奥へ入って見てください。」と声をかけるので、ついつい奥に入って行き、美人の店員さんと2.3会話しているうちに、いつの間にか、おススメされた『ラジオ・メーター』を買ってしまいました。これは、光が当たると球体の中の四角い羽がグルグルと回るのです。ただそれだけのことですが、結果として買ってしまいました。何で買ってしまったのだろう、と反省することしきりでしたが、やはり、一言でいえば、ニコッとする女性には弱いです。この際、白状します。
大正硝子館 宇宙
『大正硝子館(宇宙)』のお店の中からショー・ウインドーを見る
(勧められて買ってしまったラジオ・メーターは中央にあります。)
美人の店員さんに今生の別れを告げ、お店を出ます。すると、今までとは全く違い、喧騒な街の賑わいです。中国人らしい人の喧しい声があちらこちらで聞こえます。その後、水天宮と言う神社の丘に登り、小樽の街を一望しました。丘を降りて寿司屋通りで美味しい寿司を食べます。やっぱりお寿司にはビールです。1時間ほどかけてランクが上から2番目の『上寿司(1.5人前)』を食べ、その後、日本銀行小樽支店跡地の金融資料館を見学です。私は1万円札の模様を焼印したお札と同じ大きさの『お札煎餅』を買いました。そして再び堺町通りへ出ます。何とか歩き通しました。万歩計はゆうに1万歩を越えていました。疲れました。
パンフレット
小樽で入手したパンフレットの表紙
(こんな美人は、例の人以外にはいませんでした。)
小樽では、様々な旅行案内パンフレットがありました。本当に観光に力を入れています。しかし運河の長さはそれほど長くはありません。むしろ、愛知県半田市の運河の方が長いと言われています。半田市は酢のまち、お酒のまち、新美南吉のまちと言う観光資源がいっぱいあります。しかし小樽の方が観光地として有名です。こんな切り口から考えることが出来て、小樽の視察旅行は、美人の店員さんのことも含めて、十分な研修成果が得られたと考えています。
ちなみに、ラジオ・メーターは本棚の上に淋しく置かれています。そこは薄暗い場所ですので、四角い羽は回っていません。
また、お札煎餅は、安城へ帰ってから、孫と一緒にムシャ・ムシャと食べました。孫は「お金もちになるぞぅ~。」 私は「老後の資金を蓄えるぞぅ~。」と宣言しながら・・・・。
 それでは今回はこれまでとします。ごきげんよう、さようなら。