第31話 アンポンタン老人、再び難攻不落の『今度は彦根城へ』の巻
私事ですが、実は、2022年の早春の3連休に、またまたオミクロン第6波の直前にもかかわらず、例の息子一家で一泊温泉旅行をしてきました。
今回の旅日記は、前回ご報告しました『第30話 アンポンタン老人、恐竜と出会う』の続きです。
前回、第1日目は福井県に鎮座する霊験アラタカな永平寺を参拝後、福井県立恐竜博物館を見学し、国民宿舎で『越前ガニ』を、私の取り分(つまり、家族内の力関係の結果)として、足2本だけ食べて第1日目は終わりました。それではその続きをお話しします。
それでは、いつものように、始まりーぃ。始まりーぃ。
第2日目は琵琶湖周遊の旅です。朝8時30分、一泊した国民宿舎を出発。福井の広い平野を東南へと突き進みます。天気が良いこともあり、日光で雪が溶け、一斉に田畑から面的にモヤモヤと霧、(いや、水蒸気とも言うべきか)が立ち昇る光景を見て、その神秘さに感動しました。九頭竜川の河口に広がる福井平野は結構広いと感じ、さすが、福井藩主、越前松平家の豊かさを物語っています。JR福井駅の恐竜像を見学後、北陸自動車道へ入ると左に大きな伊吹山が雪を冠して堂々とそびえ立っています。右は賤ヶ岳(しずがたけ)、姉川(あねがわ)の古戦場、そし て、その奥には、広いベタ波の静かな琵琶湖です。この地域は琵琶湖の北、湖北地方といいます。
伊吹山の雄姿
伊吹山の雄姿(車窓から)
参考:この地方は『湖北地方』といいまして、十一面観音菩薩の宝庫です。
   京の都から白山への「山岳信仰」の道中のため、十一面観音菩薩が
   多くの寺院に奉納されています。
   私は、渡岸寺や石道寺の十一面観音菩薩を何度となく拝観しました。
まず、「長浜城へ登城。」と計画していましたが、お城公園へ入る駐車場を捜していたところ、満車という看板ばかりです。困ったなぁ~と、徐行運転で駐車場を捜していたところ、ちょうど道路脇に「長浜鉄道文化館」という小さな案内標識がありました。「アレレ。行ってみようか。孫も喜ぶし・・・。」ということになりました。いつもの通り、今回も、すぐさま瞬間的に旅の目的を変更するという、かなり優柔不断な旅です。
こちらの方は駐車場が混んでいなく、すんなり駐車出来ました。入口で入場券を買おうと思いましたが、係の人はいません。「すみません。」、「ごめんください。」などと声をかけましたら、私たちの居ることを察したのか、奥からボランティア的風貌で、やや太り気味の、どちらかというと愛嬌のない中年女性の人が出てきました。その人はおもむろに、どっこいしょと言ったか言わないか、受付窓口に座り、そして、私たちに入場券を渡す前に切符をもぎり、半券だけ渡してくれました。合理的ではあるが、何か変な気持ちです。前回お話しした『福井県立恐竜博物館』でのややこしい対応に比べ、思い切り合理的でした。満足、満足?
この文化館は、北陸本線の建設に向けて、多くの人々が期待をしていたことが分ります。明治時代、関西地方からアジア大陸へ行くのは福井県の敦賀港から船で行くのが最も短距離と言うことで、東海道線の米原を出発点とし、長浜を通り、北へ進む北陸本線の建設が急がれていたようです。明治政府の伊藤博文等、有名人の書による「石碑」が幾つも展示してありました。
日本で一番古い駅舎
日本で一番古い駅舎だそうです。
館内には本物の蒸気機関車(D51)、電気機関車(ED701)が鎮座しています。孫たちは運転台に上り「次は安城~、安城~。」と言ったり、「次は東京~、東京~。」と言って遊んでいました。かなり満足した様子です。
蒸気機関車D51と電気機関車ED701
展示されていた蒸気機関車D51と電気機関車ED701
そしていよいよ、『彦根城登城』です。長浜鉄道文化館を見学後、長浜城は当然ですが、パスして、湖畔を走る道路に沿って移動し、30分程度で彦根市街へ到着です。小高い丘の上にそびえる彦根城は、3階建ての天守閣で国宝です。駐車場の確保に時間がかかるほど、人混みがすごく、とてもオミクロン感染拡大中とは思えない光景でした。小高い丘のふもとに入口があり、入城料金は、大人 800円、小・中学生 200円です。やはり、シニア料金はありませんでした。残念。姫路城と同じで、全国のお城管理者が結託(goo辞書:示し合わせてぐるになること)しているのではないかと勝手に思ってしまいました。でも、頑張って登城する事にしました。いつものように、手の消毒をアルコールでシュッ、シュッ。そしてオデコで体温をチェック・チェック。すべて順調です。
入城門をくぐり、城内へ入るといきなりダラダラと長い坂道です。これは大変、入口に用意されていた、「ご自由にお使いください。」とある竹の杖が目に止まり、すぐに借りることとしました。それも2本。両手に1本ずつ持って悪戦苦闘の登城です。優しい孫は率先して私の腰のあたりを押してくれるのです。やはり、姫路城と同じく老人には『難攻不落の天守閣』です。孫の親切にうれしい (^v^) やら、淋しいやら。
彦根城記念撮影
彦根城で、孫たちとヒコニャンと記念撮影(登城する前です)
私は杖2本で悪戦苦闘の登城
彦根城は3階建てです。「天守閣の入口に入れば、後は階段を登るだけだ。頑張ろう。3階なんて姫路城のことを思えば、スイスイ。」と思いました。
 でも、登城前の『だらだら坂』の影響で、既に息切れがしています。内部は恐竜博物館と同じ程の薄暗い様子にびっくりです。やはり築何百年だけあり、柱や床は黒光りです(手垢かもしれないけど・・・)。しばらくすると目が慣れてきました。
 いよいよ階段の前に来て,さらにびっくりです。階段なのか梯子段なのか、その傾斜は、正に60度を超えているのではないかと思うほど急です。階段の高さは8~10段程度、それほどでもないので助かりました。孫たちはドンドン進みます。私は両手に階段の手すりを持ち進みます。
天守閣内の急階段
天守閣内の急勾配の階段
(1階から3階まで全て同じ勾配)
やっとの事で登城成功。西の方面に見える琵琶湖は水面が薄いブルー色でキラキラ輝き、遠くに福井県境の山並みが雪を被り薄い青色のシルエットで、これも綺麗に見えました。登城して良かった。井伊直弼もこの景色を見たのかと思い、感無量でした。再び、孫に感謝、感謝。
 帰りは再び、急な階段を降ります。再び両手で階段の手すりをもって,孫に腕を取られて降ります。やはり、老人には『難攻不落だ!!』と確信した次第です。
天守閣からの眺望
彦根城天守閣から見たブルー色の琵琶湖と連山のシルエット
その後、売店で「おみくじ」を引きました。おみくじの「仕掛け」は人形の『巫女さん』が神社の中に入っておみくじをお盆の上に載せて持ってくるという機械仕掛けです。200円を入れたら,巫女さんは神社のトビラをあけて、お盆の上におみくじを載せて帰ってくるのですが、お盆には載っていませんでした。「おかしいなあ~。ハズレではないと思うけど?」、そして売店の人にそのことを告げるとお店の人は、「あれぇ~、これで3回目ですぅ~。」と言いながら、電源を入れ直すと、ガチャガチャと言う大きな音と共に機械は簡単に正常に動き始めました。再び『巫女さん』が動き出し、間違いなく、おみくじをお盆に載せて持ってきました。おみくじは『小吉』です。孫は二人とも『小吉』でした。そう言えば、今までどこの神社へ行って「おみくじ」を引いても、凶、大凶を引いたことはありません。いつも大吉か吉、小吉です。逆に凶を引くと『大当たり、夢かなう。』なのかもしれません、とへそ曲がりなことを考えてしまいました。
以前、私が子供の頃、父親に連れられて名古屋へ行った時、ヤマガラという鳥が,父からもらった、確か10円玉を鳥に渡すと,それをくわえ、お賽銭箱に入れ、鈴を鳴らし、おみくじを神社から加えて持ってくる芸を見た記憶がありました。ネットで調べたらその画像がありました。でも今は鳥獣保護法でヤマガラを飼育できないと言うことで、この様なおみくじはない様です。
いろんなことを思い出しつつ、再び2本の杖をつきながら、彦根城を後にしました。
次回は愛知県の犬山城に孫たちを連れて行こうと思っています。挑戦する気持ちがジワジワと高まってきました。「まだまだ、若いぞぅ~。」
それでは、みなさんさようなら。次回のお話しをお楽しみに。
                『ウォー・ガォー。』そして、『ニン・ニン。』